豚肉が大っ嫌いだった。あの豚特有の臭みが嫌いだった。どんなに高級な豚肉を食べても、どうしてもほんの少しの臭みを感じていた。「だったら自分が食べられる豚を育てよう。一切の臭みのない、本当に私が美味しいと思う豚を作ろう。」安川美幸は、そんな想いで養豚場をはじめた。
しかし、全然うまくいかなかった。毎日、毎日、試行錯誤を繰り返す。安川が特にこだわったのは餌の配合だ。国内のありとあらゆる豚の餌を試し独自の配合を研究した。何回も何回も繰り返し徐々に良くはなったが、やっぱりほんの少しだけどまだ臭みを感じる。
「これではあかん」
納得いくまでやり切らなあかんと自らを奮い立たせる。ただ、こんなこだわりを持っても、当時は意味がなかったのだ。なぜなら、安川ファームの豚は市場に出れば他の豚と混ぜられてしまう。名もなき安川ファームの豚はただの国産豚としてしか扱われないのだ。だから、周りからもこれで十分だと言われた。基準さえ満たしてればそれでいいのだと。安川のやっていることは無駄なことなのだと。こだわりや情熱など今の流通の仕組みでは一文にもならない。それでも安川はこだわりたかった。安川ファームは、自分が食べられる、本当に美味しいと思う豚を育てるために始めたのだから。
だが生活も苦しかった。家族を養うだけで精一杯だった。安川ファームには豚が200頭ほどしかいない。この日本で一番小さな養豚場では、理想を追い求める余裕などなかった。理想と現実の狭間で安川は悩んだ。